もし今川義元が生きていたら…井伊家の運命はどうなった!?



 
戦国時代を動かした、もっとも大きな戦い
それが桶狭間の戦いです。

この戦いで、今川家の当主である今川義元が戦死し
その結果、織田家の台頭、徳川家の独立
そして今川家の崩壊と、歴史が大きく動きました。

なので、桶狭間こそが
戦国時代のターニングポイントだったと言えるのですが
もしここで、織田家ではなく今川家が勝っていたら
もしくは負けていけても、今川義元が死んでいなければ
その後の今川家と井伊家は、いったいどうなっていたでしょうか。
 

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今川義元が生きていたら…

桶狭間の戦いで、今川家が勝っていれば
今川家は、そのまま織田家を滅ぼして
京に進んでいたでしょう。

 

近畿地方には、三好家以外に有力な大名家はいませんし
その三好家も、ピークを過ぎた家であることを考えると
義元が生きている間に
近畿地方の半分くらいを制圧出来てもおかしくありません。

 

そして今川家が、天下に王手をかけることになるでしょう。

今川義元

これは、桶狭間の戦いで今川家が勝っていた場合のパターンですが
では、桶狭間の戦いで今川家が負けたが、義元自身は生きていた場合
どうなっていたでしょう。

 

この場合、徳川家(この当時は松平家ですが)がいきなり独立したり
織田、徳川同盟が成立するようなことにはならないでしょうが
京に今川の旗が立つようなことにもならないでしょう。

 

つまり、現状維持プラスアルファといったところになります。

 

うまくいけば、国力と軍事力の差で
織田家とその他いくつかの家を滅ぼすところまではいけるでしょうが
その辺で義元の寿命が尽きると思います。

 

後継者の今川氏真は、戦国武将としては微妙な人なので
その後の今川家は、長期停滞状態になるでしょう。

 

結論として、桶狭間で勝とうが負けようが
義元さえ生きていれば、今川家は
もっとましな歴史をたどれていたことは間違いありません。

 

では、その歴史の中で、井伊家は
どのような歴史を歩むことになるのでしょうか。

井伊家の先行きは真っ暗

はっきり言ってしまうと、史実よりも強大な
今川家につき従うことになる、井伊家の先行きは暗いです。

 

なぜそうなるかというと、井伊家と今川家の関係は
井伊家と徳川家の関係とは、比べ物にならないくらい悪いからです。

 

歴史上、井伊家は今川家に二度も当主を誅殺されています。

 

井伊家の中にある、親今川派と今川家が結託した結果
こうなったわけですが、これで今川家に忠誠を尽くせと
いうのは無理があります。

 

今川家の方も、そんな井伊家を信頼するのは難しいので
両者の間には、隙間風が吹き続けることになるでしょう。

 

基本的に、その家が家臣団の中でどれだけの力を持つかは
その家が仕えている、戦国大名との関係の近さにかかって来ます。


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この場合、井伊家が今川家の中で力を持つためには
今川家の当主と、仲良くならないといけないわけです。

 

しかし、歴史的ないきさつから見て
井伊家と今川家が、そこまで近くなるのは無理でしょう。

 

なので、このままいくと、井伊家は今川家から干されるか
そこまで行かなくても、さほど重用されずに終わることでしょう。

 

こうなると、井伊直政が出て来ても
もはやどうにもなりません。

 

それを考えると、今川義元が桶狭間で討たれたことは
井伊家にとって幸運だったと言えるでしょう。

今川家と井伊家が和解出来たら

両者の関係を考えると、井伊家にとって
今川義元が敗れたことは幸運でした。

 

なので、これは完全な仮定に過ぎませんが
もし、今川家と井伊家が、過去のいきさつを忘れて
仲良くやっていけたら(そして義元がもっと長生きしていたら)
井伊家は、いったいどのような歴史を歩んでいたのでしょうか。

 

これは、今川義元が
桶狭間の戦いで、勝っているかどうかで大きく変わって来ます。

 

桶狭間の戦いで勝って、織田家を滅ぼしていたら
今川家は、4カ国を領有するうえに
西にいくらでも勢力を広げることが出来る
とてつもなく恵まれた大名家になります。

 

この場合、井伊家もそのおこぼれを頂戴して
ぐっと領地を増やすことが出来るでしょう。

 

さすがに彦根30万石は無理でしょうが
そのまま行くと、数万石位はもらえたかもしれません。

 

なので、桶狭間の戦いで勝利した今川家についていった場合
史実ほどではないにしても
それなりに成功することが出来たでしょう。

 

では、桶狭間の戦いで
今川家が負けていたらどうなっていたでしょうか。

 

この場合は、現状維持になります。

 

遠江国の地方領主として、細々と生きていったことでしょう。

 

ここまで、色々なケースを考えてきましたが
どのルートを井伊家が歩んでも
彦根30万石の藩主というゴールに至ることは出来ませんでした。

 

なので、井伊家の場合
史実ルート(今川義元が桶狭間で討たれるルート)が
一番よいルートだったのではないでしょうか。

最後まで読んで下さり誠にありがとうございます。

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