【掛川古城】の城主、朝比奈泰朝によって井伊直親は討ち取られた!


 
遠江掛川城といえば、今川家最後の戦いが行われた場所として有名ですが
実はこの掛川城の前に、もう一つ掛川城と呼ばれる城があります。

遠江掛川城といえば、今川家最後の戦いが行われた場所として有名ですが、
実はこの掛川城の前に、もうひとつ掛川城と呼ばれる城があります。

それがいわゆる掛川古城と呼ばれる城です。

この掛川古城がどのような城だったのか、それをこれからご紹介します。
 

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掛川城と掛川古城

掛川古城は、1470年代に今川家の重臣である
朝比奈氏が作った城です。

 

遠江の要地に作られたこの城は、代々朝比奈氏が守備してきました。

 

その後、別の地にも掛川城が作られたので、不要になった掛川古城は
新しい掛川城を護る出城の一つとなりました。
(世間一般で掛川城と呼ばれるのはこちらの城です)

それから掛川古城は、掛川城とともに遠江の地を守り続けましたが
やがて今川家から独立した徳川家康の大軍が攻めてくると
この掛川古城は両軍の戦いの最前線となります。

 

掛川城主朝比奈泰朝は、徳川軍を前に徹底交戦を決意し
掛川城に籠城、それを攻略する徳川軍は、掛川城の出城である
この掛川古城に総攻撃を仕掛けました。
(ちなみにこの人は井伊直親を討ち取った人でもあります)

 

その結果掛川古城は陥落し
徳川軍の前線基地として使用されることになります。

 

その後、掛川城を巡る戦いは五か月続きますが
最終的に掛川の地は徳川家が押さえます。

 

朝比奈氏と違い、徳川家はこの城を必要としなかったので
事実上廃城に近い扱いとなり放置され、そして現在に至ります。

 

こういう歴史をたどった城なので、どうしても掛川城に比べると見劣りしますが
それでも、この城にはいくつかの見どころが存在します。

掛川古城のみどころ

現在、掛川古城の跡には、天守閣や櫓、門などの建物は存在しません。
なので、これらの物を見たい人は肩すかしをくらうことになりますが、
そのかわり、掛川古城の跡地には、大猷院と呼ばれる建物があります。


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この大猷院は、後の掛川城主である北条氏が
徳川家光を祀るために建てたもので、なかなか立派な建物となっています。

 

この建物は1822年に再建されたものなので
建築当初の姿を保っているわけではありませんが
それでも、かなり風格のある建物なので掛川古城に来たなら
城の本丸跡に建てられた大猷院を見てみるといいでしょう。

 

それ以外にも、この掛川古城には土塁や堀の跡地があります。

 

掛川古城が廃墟になってから数百年も建っているわりには、
かなりはっきりとしたものが残っているので、古城マニアなら満足できると思います。
(もちろん堀や土塁そのものが残っているわけではなく、あくまで跡地にすぎません)

 

また、この掛川古城は山の中に建てられた山城なので
ここから掛川の街を見わたすことが出来ます。

 

 掛川古城の地図

 

なので、この掛川古城は絶景スポットとしても
価値があるスポットだと言えるでしょう。

最後まで読んで下さり誠にありがとうございます。

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