おんな城主 直虎【国宝彦根城】その歴史をひもとく


 
おんな城主 直虎は、井伊家の物語ですが
その井伊家の本拠地として名高いのが、国宝彦根城です。

この彦根城は、井伊直虎が生きていた時代
(つまり大河ドラマで描かれている時代)から
20年近く経ってから作られた城で、築城を始めてから
最終的に完成するまで、20年近くかかっています。
(普通、城は築城工事を始めてから数年で完成します)
 

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井伊家に過ぎたる彦根城

そんな彦根城の特徴は、中小規模の大名の城としては
立派すぎるところにあります。

 

井伊家は徳川譜代の家臣なので、大名としての格は高いですが
経済規模、石高は18万石しかありません。

(追記しておくと、最終的には35万石になります。)

 

そんな井伊家の城にしては、あまりにも立派すぎるのです。

彦根城

なぜ、彦根城はこんな立派な城になったのか
それには、きちんとした理由があります。

 

それは、この城が、いわゆる天下普請によって造られた城だからです。

 

通常、藩が城を築城、あるいは改築するときは
その藩が、独力で工事を行います。

 

ですので、小藩が城を作っても
それなりの規模の城にしかならないのですが
彦根城は、そういう普通の工事法をとっていません。

 

代わりに、天下普請という工事法をとっています。

 

天下普請とは、その藩だけでなく
近隣の藩も協力して行われる、地域総がかりの工事のことですが
この工事法を使うことで、藩の実力を超えた
立派な建物を作ることが出来るようになります。

 

つまり彦根城は、天下普請のおかげで
これほど立派な城になったのです。


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現存する彦根城天守

天下普請で造られた城であるところが、彦根城最大の特徴ですが
他にも、この城には特徴があります。

 

それは、天守が現存しているという点です。

 

現在、日本には、あちこちに城の天守がありますが
そのほとんどは、戦前・戦後に作られた復興天守、模擬天守です。

 

これらの天守は、昔あった本物の天主閣をまねて造られた
イミテーションにすぎません。

 

ですので、これらの天守に歴史的な価値はありません。

 

しかし、彦根城の天守は、江戸時代に造られた本物の天守です。

 

本物の天守が残っている城は、日本中に12しかないことを考えると
この天守が、いかに貴重なものであるかが、よく分かります。

 

江戸時代に造られた天守が、未だ現存していること
(しかもそれが天下普請で作られていること)
これが、彦根城の大きな特徴なのです。

 

おんな城主 直虎の作中では出てきませんが
この彦根城は、井伊家が造った、井伊の城そのものです。

 

 彦根城観光について

 

なので、井伊家ファン、大河ドラマのファンなら
一度は行ってみるとよいでしょう。

最後まで読んで下さり誠にありがとうございます。

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