おんな城主 直虎【井伊谷城とは?】舞台となる浜松を探る!



 
2017年の大河ドラマである、おんな城主直虎では
井伊谷城(いいのやじょう)という城が舞台になります。

浜松城とか岐阜城なら知ってるけど、井伊谷城なんて聞いたことがない
そういう方がほとんどだと思います。

そういう方のために、井伊谷城のことについて紹介させていただきます。
 

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彦根城と井伊谷城

井伊谷城というのは、1010年ごろ
遠江国に、井伊氏が作った山城のことです。

 

他の城に比べると、かなり規模が小さい城です。

 

この規模の小ささは、別に何か意図があったわけではありません。

 

当時の井伊氏は、というか、徳川家が台頭するまでの井伊氏は
地方の豪族にすぎませんでした。

 

要するに当時の井伊氏は、戦国大名とかそれに連なる大物ではなく
ただの弱小勢力だったので、立派な城を築く力などなかったのです。

 

なので、後に井伊氏が作った彦根城と井伊谷城を比べると
その規模の小ささに驚かれることでしょう。

 

といいますか、彦根城と井伊谷城では
あらゆる意味で比べ物になりません。

 

なぜなら彦根城には、今でも立派な天守が残っていますが
井伊谷城跡には、ほとんど何も残っていないからです。


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なので、立派な城や石垣を見るために井伊谷城跡に行くと
肩透かしを食うことになります。

 

とは言っても、井伊谷城跡にも
曲輪や土塁などの遺構が少しだけ残っていますので
全く見所がないわけではありません。

 

ただし、「これぞまさにお城」と言えるような遺構
例えば天守や櫓、城門などは全くありませんので
見に行くなら、その辺は覚悟していきましょう。

 

※井伊谷城跡の地図は、下記のリンクをご覧下さい。

井伊谷城跡の地図

 

井伊家発祥の地

ここまで聞くと

「なんだ、井伊谷城ってたいしたことないじゃないか」

と思われる方が多いでしょう。

 

しかし、必ずしもそうとは言い切れません。

 

なぜなら井伊谷城には、井伊家発祥の地であるという
歴史と伝統があるからです。

 

この小さな城から、彦根藩18万石が始まったのだと考えると
ただの小城であるとは、言い切れなくなるでしょう。

井伊谷城跡

最後に、彦根藩18万石の礎になった
井伊谷城の簡単な歴史を書かせて頂きます。

 

この城は、井伊氏が1010年ごろに建設した後
特に何事もなく数百年やっていきましたが
やがて南北朝の動乱に巻き込まれます。

 

井伊氏の先祖は南朝方につき、北朝方と戦いますが
北朝方の勢力に攻められ、城を落とされてしまいます。

 

その後、井伊氏はなんとか城を取り返しますが
それから後の戦国時代、今度は今川氏に攻められます。

 

その時の戦場は、井伊谷城ではなく、三岳城だったので
井伊谷城が戦火に晒されることはありませんでした。

 

その後、今川家に下った井伊家が、再び井伊谷城城主となります。

 

1590年に井伊氏が関東に移るまで
この城は井伊家の本拠地であり続けたのです。

 

井伊谷城という小さな城から
彦根18万石の藩主である、井伊家の歴史が始まったのです。

 

井伊谷城は、その点で価値のある城だと言えるでしょう。

最後まで読んで下さり誠にありがとうございます。

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