真田丸ゆかりの人物【千利休】茶の湯の第一人者~演・桂文枝


 
千利休は言わずと知れた
戦国時代を代表する茶人です。

わびさびで有名な
草庵の茶を完成した人で
茶聖と呼ばれています。

歴史に詳しくない方でも
おそらく、この名前は
聞いたことがあるでしょう。

有名な人ですね。

織田信長や豊臣秀吉の元
多くの大名達に影響を与えた
偉大な茶人です。
 

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利休と茶会

千利休は堺の商人の家に生まれ
若い頃から茶の湯に親しむと
師匠とともに
茶の湯の改革にあたります。

 

織田信長が堺をおさえたころ
茶頭として雇われたのをきっかけに
この道の第一人者へとひた走ります。

 

1574年に信長が相国寺で
大々的な茶会を催した際にも
出席しました。

 

この茶会のメインイベントは
東大寺正倉院の
蘭奢待
信長が切り取るというもので

歴代将軍でも
この切り取りを許されたのが
足利義政、ただ一人だけという
価値の高いイベントでした。

 

千利休はその頃までにも
茶人として名を上げてきましたが
この茶会に出席することにより
その存在を大きくしました。

 

信長没後は秀吉に仕え
北野大茶会
見事に取り仕切ります。

 

これにより、秀吉からの信頼も
ますます高まり
利休は大名並みの
厚遇を受けるまでになります。

利休の生き様

こうして茶道の総帥と
言われるまでになった利休。

 

彼の元には多くの大名達が
その茶の湯をマスターしたいと
師事を仰ぎます。

 

この時代、茶の湯は
武将同士の付き合いに
欠かせないものになっていましたので
利休の存在感は
なおのこと増すのでした。

 

そんな利休は、自分の目指す
茶の湯の域を高めるべく
研究や工夫を重ねる一方で
豊臣政権の中でも
その言動が際立つようになります。


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やがて秀吉の政策に対しても
意見を述べるようになってきて
秀吉は利休に対して、だんだんと
利休を遠ざけるようになります。

 

そして二人の不仲説
まことしやかに噂される頃
事件は起きます。

 

秀吉より、利休に
切腹の命が下されたのです。

 

理由は、大徳寺山門の楼上に
利休の木像
安置させたというもの。

 

天下人を足元に見てくぐらせるとは
不遜であるとされ
その罪を問われたものです。

 

細川忠興や前田利家など
利休の茶道の弟子である諸大名たちが
助命を嘆願しますが
利休自身はいわれなき罪に対し
決して謝罪も申し開きもせず
淡々と腹を切ったのでした。

千利休を演じる、桂文枝さん

真田丸で茶人
千利休を演じるのが
桂文枝さんです。

 

桂文枝さんと言えば
吉本興業の大御所で
知らない人はいないくらいの
名落語家さんですね。

 

2012年に
「桂文枝」を襲名するまでは
桂三枝の名前で
活躍されていました。

 

おそらく三枝さんの名前の方が
しっくりくるというか
馴染みある方多いですよね?

 

落語の大御所でありながら
「ヤングおー!おー!」
「新婚さんいらっしゃい!」など、
多くのバラエティ番組の
MCとしても有名です。

 

「箱の中身はなんだろな」
「たたいて、かぶって、ジャンケンポン」など
バラエティ番組ではお馴染みの
これらゲームの考案者も
桂文枝さんです。

 

「およよ」「いらっしゃーい」などの
ギャグも有名です。

 

多芸に富んだ
桂文枝さんの演じる千利休
非常に楽しみです。

最後まで読んで下さり誠にありがとうございます。

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