真田丸第37回9月18日【信之】感想とややネタバレ(男性)



 
今回の話「信之」は、やはり真田家視点で構成されており
関ヶ原の合戦が「超高速関ヶ原」と呼ばれる意味が分かります。

真田昌幸を演じる草刈正雄さんが
「ナレ死」でなかったのは納得です。

実際のところ、徳川家康は
関ヶ原の合戦や大阪夏の陣や冬の陣で勝利して
征夷大将軍とはなったものの、真田家や石田三成
大谷刑部に負けることとなります。
 

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真田昌幸や信繁は、九度山に蟄居させられ、全てを奪われるものの
信繁にとっては、断崖に囲まれる天然の要塞とも言われています。

 

結果としては、この蟄居で昌幸は死去
信繁は後に、大阪で徳川勢を翻弄することとなり
徳川家康を苦戦させますが、まだまだ先の話です。

 

しかし、真田信幸が本多忠勝と共に
昌幸と信繁の助命を嘆願したことについては
記録に対し、忠実に台本が書かれています。

 

本多忠勝が助命嘆願した理由については、未だ不明な部分がありますが
三谷幸喜の脚本は、武士の生き様、知略を讃えたのだと推察出来ます。

 

実際のところは、やはり徳川家康が真田昌幸と信繁に対し
脅威を抱いていたとも推察出来ます。

 

死よりもキツイ仕打ちとも言われる蟄居ですが
この間に信繁が昌幸から
知略や人心を取り込む術を伝授したとも考えられ
徳川家康や秀忠の予想を上回ったとも言えます。

 

さて、「超高速関ヶ原」で負けた西軍の指揮官
石田三成、大谷形部の死に際だけは
割愛されずに済んでよかったと思います。

 

大谷刑部は、自ら割腹して自害、石田三成は斬首・晒し首となりますが
「ナレ死」でなくてよかったと思います。

 

しかし関ヶ原の合戦に対して、大きな影響を与えた小早川秀秋については
明らかに「ナレ死」と言える状況で、脚本としては
徳川家康が、豊臣家の滅亡を考えていたことを感じさせました。


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もし、小早川や毛利、真田といった有名武将が
豊臣家の存亡を賭け、多くの大名に対し呼び掛けを行った場合や
関ヶ原での密約を公開された場合、形勢は大きく逆転していたでしょう。

 

東国では、上杉や最上、伊達、佐竹など
豊臣家縁の大名がおり、徳川家康の背後を突く可能性があること、
古田織部など、大名に影響を与える人物が健在です。

 

真田昌幸や信繁を、関ヶ原の合戦に対するお咎めで斬首することは
多くの大名に不信を与え、改易による領地の荒廃など様々な問題があります。

 

そもそも、西軍に加担した大名や奉行を全て咎めることは
徳川家にとって、無意味かつ危険性の高いものとなります。

 

今回の「信之」ですが、真田信幸が泣く泣く名を改めてでも
お家存続を賭ける思いは、やはり祖母の教えとも言え
次回以降も非常に見ものです。

 

※第37回「信之」の視聴率(関東地方)は17.3%でした。

 

最後まで読んで下さり誠にありがとうございます。

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