真田丸第38回9月25日【昌幸】感想とややネタバレ(男性)



 
今回の「昌幸」ですが、私は、草刈正雄さんが
「ナレ死」で無くてよかったということを明言していました。

「ナレ死」とは、ナレーションで死を言い渡されることです。

実際に、猛将と言い伝えられ、真田家と縁戚関係となった
藤岡弘、さん演じる本多忠勝は、ナレ死となってしまいましたが
この点については、三谷幸喜流のアレンジだと思います。
 

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真田家からの視点で描かれた真田丸で、本多忠勝は
真田昌幸および、信繁の助命嘆願をに行ったものの
今回の話は、直接的に関係ないと認識されてしまったのでしょう。

 

しかし、竹とんぼを二人の孫に対し作った際に
怪我をしたからと言って、隠居するのは
生涯戦場で手傷を負ったことの無い、忠勝にとっては
老いを痛感した出来事だと考えます。

 

やはり忠勝は、死ぬまで武士でありたかったのでしょう。

 

では本題の昌幸ですが、蟄居から2年、そして4年目は
「家康は浮かれている」という考えを捨てずにいたことが
戦術家としての真骨頂だと思います。

 

真田昌幸は、戦場にいおける戦術家としては、非常に優秀であったものの
戦略家としては、徳川家康に及ばなかったことを示す結果となりました。

 

そもそも、徳川家康は昌幸を蟄居し、残りの生涯を奪ったのは
やはり反旗を翻された際に、非常に脅威となることを
自身で、認識していたと考えます。

 

戦略家にとって、1人の戦術家により予想を覆されることは
全てを再考することになってしまいます。

 

やはり家康は、昌幸を非常に脅威と認識していたのでしょう。

 

実際に家康は、昌幸に三度負けています。

 

一度目は「武藤喜兵衛」という名で家康に苦渋をなめさせ
上田城では、二度に亘り劣勢でありながら、大軍勢を押し返しました。

 

やはり家康は、昌幸に対する恐れが非常に強かったのでしょう。

 

もし、九度山の蟄居が短期間であった場合、大阪夏の陣および冬の陣もなく
天下泰平が、多くの人に利益を与え、日本国全土に対する
大きな利益を与える結果となり得たかもしれません。

 

ですが徳川方は、大阪において真田信繁の出城となる「真田丸」により
大きなダメージを受けることとなり、信繁は昌幸から幸の字を受け継ぎ
真田幸村と名乗ることとなります。

 

これにより、真田信繁改め幸村は「日の本一の兵」と言われます。


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しかし今回の話では、偉大であった父である昌幸の死が
一番のイベントと考えます。

 

しかし、多くの人が思う謎が実はあります。

 

それは、周囲が年老いているのに対し、佐助ときりだけは
年齢を感じさせいないことです。

 

猿飛佐助という人物は謎が多く、信繁を支えたことや
きりも側室となっている史実があるため、今後の展開が期待が出来ます。

 

さらに謎なのは、次回の話に出てくる「真田紐」です。

 

多くの有名武将が丈夫な紐として、刀の下げ緒として利用しており
古田織部などは絶賛しており、多くの大名に薦めたとされています。

 

「真田紐」登場が九度山への蟄居後ですが、本来は九州征伐あたりに登場するべきです。

 

少し時代背景が、アレンジされているのかもしれません。

 

今後も真田丸は、目が離せない状況ですし、昌幸が戦場で学んだ戦術を
どのように信繁が活用するかが見ものです。

 

※第38回「昌幸」の視聴率(関東地方)は15.7%でした。

 

最後まで読んで下さり誠にありがとうございます。

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