真田丸ゆかりの人物【大谷吉継】三成との命運~演・片岡愛之助



 
大谷刑部の呼び名で知られる
大谷吉継は、豊臣家臣として
活躍しました。

秀吉の小姓だった吉継は
賎ヶ岳の戦いで戦功をあげて
越前敦賀5万石の城主となります。

石田三成とは盟友であり
彼と生涯を共にすべく
関ヶ原へ挑みます。
 

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文武に長けた逸材

秀吉と柴田勝家が争った
賎ヶ岳の戦い。

 

この時吉継は先懸衆を務め
合戦の勝利に
大きく貢献しました。

 

この戦での功績は
賎ヶ岳七本槍や石田三成らに
匹敵するものとされ
三振の太刀
称賛されたことは有名な話です。

 

また、長浜城主・柴田勝豊の
調略にも成功しています。

 

豊臣家において、特に
武功に優れた家臣でありながら
交渉ごとや調略
または政務など、多岐にわたって
能力を発揮しました。

 

まさに文武両道
逸材です。

 

そんな吉継の最期は
関ヶ原の戦いですが、吉継は
家康の強さや
器量の大きさを認めており
三成に勝てる戦ではない
と何度と説いたそうです。

 

しかし三成は
徹底抗戦の構えを崩さず
吉継は、深い友情関係にある
三成と命運を共にする覚悟を決め
大一番に臨んだのでした。

三成と吉継

現在で言う、ハンセン病
あるいは梅毒など諸説あり
難病を患っていた吉継は
ただれた顔を隠すために
白い布で顔を覆っていた
とされています。

 

三成との友情を示す
こんな有名な話があります。

 

豊臣の諸将が招かれた
大阪での大茶会
各人、茶碗の茶を一口ずつ飲んで
次に回しておりました。


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吉継の番が回ってきた時
当初、吉継は飲むふりだけをして
口を付けず
に次に回すつもりでいましたが
つい口を付けて
茶を飲んでしまいました。

 

さらにこの時
ただれた皮膚の膿
茶碗の中に落ちてしまいます。

 

その後に茶碗が回ってきた者達は
病気の感染を恐れ
口を付けずに飲むふりをして
次々と茶碗を回します。

 

そんな時

「喉が渇いて仕方ない
早く茶を回してくれ。」

と声をあげ、茶碗の中身を
ぐいっと飲み干したのが
三成でした。

 

吉継は三成のこの気遣いに
とても感謝し、彼のためなら
命を賭ける決意をしたのです。

大谷吉継を演じる、片岡愛之助

真田丸で大谷吉継を演じるのが
片岡愛之助さんです。

 

松嶋屋という屋号で有名な
歌舞伎役者さん、六代目
片岡愛之助さんですね。

 

本名は
山元さんらしいです。

 

歌舞伎役者というと
なんとなく家系的に先祖代々
受け継いでいる印象ですが
この方は、全く歌舞伎とは縁のない
一般家庭に生まれました。

 

芸能事務所の
子役オーディションに合格したのち
片岡一門に才能を見いだされ
歌舞伎の道へ進むと
二代目片岡秀太郎の養子となり
今の名前を襲名しました。

 

10代から歌舞伎の道一筋で
やってきていましたが
ここ数年は、ドラマなどにも
出演するようになり
お茶の間にも
存在が知られてきましたね。

 

端正な顔立ちということもあり
女性人気が高く、ブレイクすると
一気にスターダム
のし上がった印象です。

 

演技力は、やはり
歌舞伎の下地がありますから
さすがですね。

最後まで読んで下さり誠にありがとうございます。

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