真田丸ゆかりの地【岩櫃(いわびつ)城】の場所と歴史を追う


 
岩櫃城は鎌倉時代に作られた
といわれる古城で
真田幸村の祖父である
真田幸隆の時代に
真田氏が居城にしていた城です。

その後、真田氏は沼田城を落として
そちらに引っ越しますが
それまでは、この岩櫃城こそ
真田のふるさとだったのです。

では、その岩櫃城とは
どのような城で
どこにあるのでしょうか?
 

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岩櫃城の場所はどこ?

岩櫃城は典型的な山城なので、
大阪城や小田原城のように
平地にあるわけではなく
群馬県にある
岩櫃山の中にあります。

 

よって、岩櫃城に行くには
山の中を数十分歩かねばなりません。

 

岩櫃山の険阻な山間の中
標高600m近くの場所に
本丸があり、それを守るように
二の丸や堀など各種防御施設が
設置されていました。

 

各種防御施設や支城が
極めて複雑に絡み合って
一大防衛網を築いていたのが
この岩櫃城の特徴です。

 

江戸時代に一国一城令が出たことで
岩櫃城は廃城になってしまい
現在はこれといった遺構は
残っていませんが
岩櫃城本丸跡と書かれた
碑のようなものがあります。

 

※土塁や堀の跡など
いくつかの遺構は残っています。

 

その岩櫃城ですが、真田氏と
どういう関係にあったのでしょうか?

岩櫃城と真田氏

岩櫃城は、元々近隣の諸豪族が
居城としていた城でしたが

これを武田信玄の命を受けた
真田幸隆が攻め落とし
武田家郡代として
城に入りました。

 

その後、真田氏は
沼田城に引っ越しますが
それまでは、この岩櫃城を
居城としていました。


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岩櫃城は、数百年前からあった
歴史のある城で元々堅城でしたが
真田氏がさらに手を加え
難攻不落の城にしたのです。

 

※ただしこの城は謎が多いので
具体的に城のどこを
真田氏が改修したのかは
今でもよくわかっていません。

※独特な縄張りを持つ城ですが
それが元からだったのか
真田氏がそうしたのかもわかりません。

 

その後、真田氏は
この岩櫃城を拠点にして
領地の統治を始め
沼田城に居城を移した後も
重要拠点であり続けました。

 

武田家滅亡の際
武田勝頼をこの城に
匿おうとした
ことでも有名です。

交通アクセス

岩櫃城に行くためには
どうしたらいいのでしょうか?

 

先ほど書いたように
岩櫃城は山城なので、
車でさっと
見物するわけには行きません。

 

この城に行くには
JRの郷原駅から徒歩で
北上して山の中に入るか

国道145号を北上して
車で山の中に入るかの
どちらかになります。

 

駅から歩いていくなら
40分から50分はかかります。

 

国道145号を北上して
車で行くなら
それより早く着きますが

遊歩道を歩いていかないと
城までいけないので
近隣の駐車場に
車を止めてから
歩いていく事になります。

 

どちらにしても、山の中を
数十分ほど歩くことになります。

 

ただ岩櫃城近隣は
遊歩道が整備されていますので
登山の準備をする必要はありません。

 

歩きやすい靴と飲み物を
持っていくくらいで十分です。

最後まで読んで下さり誠にありがとうございます。

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