真田丸ゆかりの人物【北政所】秀吉の正室ねね~演・鈴木京香



 
「北政所」という呼び名
元々は三位以上の公家の女性を
皆そう呼んだ
共通の称号のようですね。

しかし秀吉の正室
「ねね」が呼ばれるようになると
「北政所」=「ねね」というように
彼女をさす固有名詞のように
なりました。
 

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ねねの魅力

後の高台院「ねね」は
「ねね」とも「おね」とも呼ばれ
一般的には「ねね」と呼ばれますが
公式文書に「おね」とあることから
「おね」と多く呼ばれています。

 

呼び方は、人それぞれ
どちらにも分かれますよね。

 

個人的には「ねね」の方が
可愛らしい印象で好きです。

 

あくまでも個人の主観です。

 

秀吉が、まだ
木下藤吉郎と名乗っていた
足軽時代に結婚します。

 

この時、ねね14歳。
(定かではありません)

 

質素な結婚式でしたが
二人の仲は睦まじく
その後の、秀吉の出世人生に
「ねね」のサポートが
大きく影響したのは
確かだと思います。

 

「ねね」は、信長にも
とても慕われており
秀吉の浮気に悩む「ねね」に対して
気遣いの手紙を公式文書にて
送ったりしています。

 

天下の信長が
ここまでするのですから
「ねね」の魅力は
相当だったのでしょうね。

ねねと北政所

秀吉と「ねね」の間には、生涯
子供が出来ませんでした。

 

二人は、親類から
何人もの養子を迎えており
加藤清正や福島正則など
後に豊臣を代表する家臣も
幼き頃から「ねね」が育てています。


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秀吉が天下人となり
関白の称号を与えられると
「ねね」も従三位を賜り
「北政所」の名前を与えられます。

 

秀吉存命時の「ねね」は
かなり権限を持っていて
政務や交渉などでも
活躍していました。

 

後に従一位まで叙任しています。

 

秀吉同様、出自の身分を考えると
大出世ですね。

 

淀君とは馬が合わなかった
ところもあるようですが
「ねね」の方は、それなりに
上手く接していたようです。

 

また、徳川家康とは
懇意にしており
大坂の陣で豊臣が滅びた後も
家康は「ねね」と
友好な関係を築きました。

 

「ねね」も、人の良さ
群を抜いていたと思います。

北政所を演じる、鈴木京香

真田丸で秀吉の正室
北政所を演じるのが
鈴木京香さん。

 

いい女というイメージが強い
女優さんですね。

 

ドラマや映画、CMなど、
たくさんの作品に
出演されている人気女優さんです。

 

名前からも、京の和風美人
という印象を受けますが
ご本人も
日本舞踊をたしなむようでして
らしいですね。

 

コミカルな役とか
悪女とかも幅広くこなすので
北政所役は
似合いそうな気がします。

 

宮城県出身ということで
元々は仙台のモデル事務所に
所属されていたようですが
カネボウのキャンペーンガールに
選ばれたのを機に、本格的に
芸能活動に乗り出したようです。

 

大人の魅力あるれる女性なので
化粧品とか、お酒のCMの
イメージが強いですし
よくお似合いですね。

 

真田丸での存在ぶりにも
注目したいです。

最後まで読んで下さり誠にありがとうございます。

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