真田丸ゆかりの人物【本多忠勝】徳川きっての猛将~藤岡弘、



徳川四天王の一人として
数多くの武功を挙げた本多忠勝。

愛槍の蜻蛉切
兜・鹿角脇立兜は
忠勝の有名な武具で
大きな数珠を下げた当世具足の
「黒糸威胴丸具足」や
愛馬「三国黒」も名高いですね。

徳川随一の猛将・本多忠勝です。

 

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忠勝の戦績

忠勝の初陣は元服時の13歳。

 

14歳で初首を挙げるなど
若い頃より
その武功を発揮していました。

 

徳川家の一員ですから
やれ姉川の戦い
やれ三方ヶ原の戦い
やれ長篠の戦い
やれ小牧・長久手の戦い
やれ関ヶ原の戦いだと
戦国時代の有名な大合戦には
常に参戦しています。

 

そんな忠勝は、生涯で実に
57回の戦に参加していますが
ただの一度たりとも
かすり傷すら負ったことがない
武勇ぶりが伝えられています。

 

戦国時代のゲームなどでも
忠勝は強い武将として有名ですし
人気も高いですよね。

 

やはり天下を統一した
徳川家の戦番長的な方ですから
こういうすごい逸話も
たくさんありますよね。

 

この後も、忠勝の逸話を含めて
人物像に迫り続けます。

忠勝の武勇伝

忠勝の強さを表すのに
よく用いられる、死ぬ直前の
こんな話も有名です。

 

ある日、持ち物に
小刀で名前を彫っていた忠勝は
手元を狂わせて
左手にかすり傷を負います。

 

57回の戦において、
一度も傷を負ったことがない男が
初めて負ったかすり傷です。

 

この時、忠勝は

「本多忠勝も
かすり傷を負うようでは終わりだ。」

と呟きました。

 

そして数日後、彼は
その言葉通り生涯を閉じたのでした。


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忠勝の武勇ぶりは
敵方にも賞賛されるもので
一言坂の戦い後には

「家康に過ぎたるものが二つあり
唐の頭に本多平八」

と武田家が狂歌として
これを賞賛しました。

 

小牧・長久手の戦いにおいては
8万を超える豊臣軍に対し
わずか500の兵で駆けつけ

さらには単騎で
豊臣軍の前に立ちはだかると
河の水で馬の口を洗う
という振る舞いを見せ
豊臣軍は恐れ進撃をやめます。

 

秀吉は、その振る舞いを
たいそう賞賛しました。

 

このように、あげればきりがない
忠勝の武勇伝
それだけ戦国きっての
猛将だったということでしょう。

本多忠勝を演じる、藤岡弘、

真田丸で徳川家の重臣
本多忠勝を演じているのが
藤岡弘さんです。

 

ご存じ、仮面ライダー
本郷猛ですね。

 

自宅が古武道「藤岡流」
本家であることも有名ですね。

 

藤岡さん自身も
その影響で柔道をされていますし
自宅で「藤岡道場」を開いています。

 

やはり強いイメージ
ありますもんね。

 

と同時に優しさと
ユーモアにも溢れていて
人の良さが
とてもよく表れてる方ですね。

 

笑顔が素敵な方だと思います。

 

藤岡さん、もう
70歳なんですね。

 

お若いし、その年齢で
本多忠勝を演じるのも
すごいなと思います。

 

長い芸能生活の途中から
芸名のお尻に「、」を付けましたが
これは自分を見つめる覚悟や
まだまだ未完の意を込めると同時に
てんでダメなやつという
シャレも利かせてるようです。

 

なかなか面白いですね。

 

藤岡さんと、吉田羊さんと
大泉洋さんの親子関係
面白そうです。

最後まで読んで下さり誠にありがとうございます。

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