真田丸ゆかりの人物【板部岡江雪斎】話術の天才僧侶~演・山西惇


 
板部岡江雪斎は北条家に仕えた
外交に長けた僧侶です。

北条の後は、豊臣
徳川にも仕えました。

「宏才弁舌人に優れ
そのうえ仁義の道ありて
文武に達せし人」

これは北条五代記に記された
江雪斎を評する言葉です。

秀吉も認めた
才能に溢れた人物です。
 

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板部岡江雪斎の生涯?

板部岡江雪斎、その
人物像に迫る前に一つ。

 

板部岡江雪斎という名前
6文字並べて書かれると
どこで区切ってよいのか
迷いませんか?

 

私は、この人の名前を
初めて見たとき迷いました。

 

板部・岡江・雪斎なのか?
いや、それなら
3つに区切れてしまう。

 

真田・源三郎・信繁とか
羽柴・筑前守・秀吉とか
そんな感じなのでは?

 

いや、だったら
岡江って何?

 

という具合に、一人
問答していたことがあります。

 

懐かしい話です。

 

はい、どうでもいいことで
前置き長かったですね。

 

すみません。

 

でも、この人に限らず
この時代の人の名前って
読み方とか呼び方とか
難しいですよね?

 

はい、余談はここまでとします。

 

では、板部岡江雪斎について
みていきましょう。

 

あっ、正しい読み方は
板部岡・江雪斎です。

板部岡江雪斎の生涯

板部岡江雪斎は、主に
北条氏の外交僧として
活躍しました。

 

北条家と武田家との同盟が
決裂した後、北条家は
織田家と同盟を結ぶのですが
その際に使者として
話を取りまとめる役を務めました。

 

また、徳川家との
和睦交渉にも尽力
見事に取りまとめました。

 

さらには、北条と豊臣が
争いになった際
これをおさめようと
秀吉のもとに向かいます。


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結果、両家の争いは
おさまらなかったものの
秀吉は江雪斎をたいへん気に入り
北条滅亡後は、豊臣の
御伽衆となります。

 

この時、性を板部岡から
岡野に改めます。

 

秀吉没後は、徳川に仕え
関ヶ原の戦いで
東軍勝利の足がかりとなった
小早川秀秋の説得にあたったのも
江雪斎という説があります。

江雪斎を演じる、山西惇

真田丸で北条家の
板部岡江雪斎を演じるのが
山西惇さん。

 

多くのドラマでお見かけしますが
独特の存在感を持ってると思います。

 

ドラマ相棒でも目立っていて
この作品は、山西さんの知名度を
ぐんと上げたのかなと思っています。

 

なんとなく背の高い
イメージをもっていたのですが
身長は170cmらしくて
意外とそうでもないんですね。

 

この山西さん、東大寺学園から
京都大学工学部という
まさに超エリートコース
歩んでいるわけですが
そんな経歴もあり
クイズ番組やバラエティー番組にも
よく出てらっしゃいます。

 

個人的には、相棒と同じ局の
クイズ番組に出ている印象があります。

 

学ランを着て
クイズしてるやつです。

 

そんな博識な方ですので
今回の江雪斎という役も
合っているなと
個人的に感じました。

最後まで読んで下さり誠にありがとうございます。

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