武田信玄に味方した【臨済宗 龍雲寺】徳川家康の怒りを買うことに…


 
浜松市にある歴史ある臨済宗の寺院、それが龍雲寺です。

この寺は、戦国時代にこの地で行われた、徳川・武田間の戦で
その運命を変えられた寺として知られています。

その時、いったい何が起こり、それがこの寺にどのような影響を与えたのか
それをこれから紹介させて頂きます。
 

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武田信玄に味方した龍雲寺

龍雲寺は、朝廷が2つに割れた南北朝時代に
北朝方の光厳天皇の息子である、木寺宮康仁親王が作った寺とされています。

 

(この親王は京都の近くで亡くなっていると記録にあるので
もしかしたら別の人が作った可能性もあります)

 

その木寺宮康仁親王が作った木寺宮家が、この寺と周辺地域を治めていましたが
やがて三方ヶ原の戦いが起こると、寺の和尚が
(甲斐の慧林寺で修行をしていた縁から)武田側に味方します。

この三方ヶ原の戦い自体は武田軍の圧勝に終わったので
特に問題なかったのですが、3年後に行われた長篠の戦い後
武田軍は急速に弱体化、その武田側に味方した龍雲寺の運命も
急速に傾いていきます。

 

1580年、かつて龍雲寺が武田側の味方をしたことを許さなかった徳川家康は
この地に一軍を派遣します。

 

徳川軍に攻められた龍雲寺は全ての建物を消失し
寺の関係者は上杉家の治める越後へ逃亡
寺は甚大な損害を被ることになりました。

 

それからしばらく後、江戸時代中期の元禄年間に
(かつてほどの規模ではありませんが)寺が再興され
その後は大きな災害、トラブルに見舞われずに現在に至ります。

龍雲寺の見どころは清浄庭としだれ桜

そんな龍雲寺の見どころは、平成の小堀遠州、北山安夫さんが作った
清浄庭と呼ばれる庭園です。


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この庭園には、落差15mもある巨大な人工滝があり
この滝目当てに大勢の人が訪れます。

 

人工物なので、さすがに自然の滝のような迫力はありませんが
それでも、その風流さと壮大さは一見の価値があります。

 

清浄庭には、この巨大滝以外にも、木々と岩
池などが調和している庭園という見どころがありますので
龍雲寺に来たら、滝だけでなく、庭園も隅々まで見ることをおすすめします。

 

この清浄庭以外にも、龍雲寺には
しだれ桜という見どころがあります。

 

この独特の形をしたしだれ桜は、門のすぐ外にありますので
寺に入る人は、まずこのしだれ桜を見てから入ることになります。

 

印象的な形をしたこの桜を見てから、清浄庭を見るとよいでしょう。

 

他にも、本尊である阿弥陀如来の像、龍の屏風絵などが
この寺の中にあります。

 

特に、阿弥陀如来の像は平安時代に作られた歴史ある仏像なので
庭園と桜を見た後は、この仏像も見ておきましょう。

 

この龍雲寺は、本堂などの建物より
庭から見る風景が見どころのお寺です。

 

 龍雲寺 公式サイト

 

なので、龍雲寺に参拝したら
これらの風景を目に焼き付けておくといいでしょう。

最後まで読んで下さり誠にありがとうございます。

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