大河ドラマ 西郷どん【西郷隆盛誕生地】は鹿児島中央駅から15分



 
2018年の大河ドラマ「西郷どん」
もちろん物語の主役は西郷隆盛です。

すでに撮影は始まっており、鹿児島ロケも行われています。

聖地巡礼で、西郷隆盛のゆかりの地を訪れる人も
増えているようです。

今回は、その中で西郷隆盛の誕生地について調べてみました。
 

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西郷隆盛と西郷従道の誕生地

鹿児島中央駅「桜島口」から徒歩15分ほどのところに
西郷隆盛の誕生地はあります。

 

現在、静かな公園といった佇まいで
園内にはひっそりと「西郷隆盛誕生地」の石碑が置かれています。
石碑は、西南戦争から10年後、明治22年(1889年)に建てられたそうです。

また、同じ敷地内には
弟の「西郷従道誕生地」の碑も置かれています。

 

ここは鹿児島市内の桜の名所でもあり
シーズンには多くの市民が訪れています。

 

「維新ふるさと館」のすぐ近くにあり
一緒に訪れると歴史の学びが深まりそうです。

 

加治屋町には隆盛の他、大久保利通、大山巌、東郷平八郎など
薩摩の偉人たちの誕生地が集まっています。

 

町を散策していると、鹿児島から多くの人物が
幕末から明治維新にかけて活躍したんだなと感じます。

 

公園は眺望もよく、桜島も望むことも出来ます。

 

今はマンションや住宅が立ち並んでいますが、隆盛が幼少の頃には障害物なく
雄大な桜島を見ることが出来たはずです。

 

隆盛がどんな気持ちで、この風景を見ていたのだろうと思いを馳せると
大河ドラマもさらに楽しみになって来ますね。

薩摩藩の「郷中教育」

西郷隆盛は、文政10年(1827年)12月7日
鹿児島城下の下加治屋町(現鹿児島市加治屋町)で
小姓与の吉兵衛の長男として生まれました。


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当時、下加治屋町には下級武士が多く住んでいました。

 

弟の西郷従道、のちに無二の親友となった大久保利通をはじめ
大山巌、東郷平八郎など、幕末から明治維新と活躍した人物を
多く輩出しています。

 

薩摩藩では「郷中教育」という年上の者が年下の者を教える
独自の教育制度がありました。

 

年齢によりグループ分けされており、6歳から10才が小稚児(こちご)
11歳から15歳が長稚児(おせちご)、16歳から25歳までが二才(にせ)です。

 

郷中教育では学問も教えていましたが、徳育・訓育・体力づくりが中心でした。

 

隆盛も、この教育の中で文武に励みます。

 

しかし10歳の頃、仲間の喧嘩の仲裁に入り
右腕を刀で切られ神経を切ってしまうのです。

 

命は取り留めるものの、刀を握れなくなったため
武術を諦め、学問で身を立てようとします。

 

17歳で郡方書役助となり
やがて島津家28代当主斉彬に登用されることになります。

 

当時、隆盛は下加冶屋町郷中の
二才頭(にせがしら)を務めていました。

 

同じ郷中の大久保利通らと共に、朱子学の『近思録』を研究し
時事を談論する集団を作っていました。

 

それが「誠忠組(せいちゅうぐみ)」と呼ばれるグループに発展します。

 

隆盛はそのリーダーとなり
藩政に大きな影響を与えるような集団へと成長していくのです。

 

下加冶屋町は、隆盛の政治家としての
基盤を作った場所と言ってもよいでしょう。

最後まで読んで下さり誠にありがとうございます。

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