大河ドラマ 西郷どん【武家屋敷跡と野屋敷跡】聖地巡礼に行こう!



 
2018年のNHK大河ドラマ
「西郷どん」の主人公西郷隆盛。

鹿児島市内に残る隆盛の屋敷跡は
鹿児島中央駅から徒歩10分のところにある「武屋敷跡」と
鹿児島実業高校近くにある「野屋敷跡」です。

それぞれの歴史と現在について調べてみました。
 

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西郷隆盛ゆかりの地「武屋敷跡」

明治2年(1869年)、箱館戦争から戻った西郷隆盛は
武村の屋敷690坪を購入、今までの借家から転居しています。

 

ここが現在の「武屋敷跡」です。

高縁の御殿づくりで部屋数も多く
庭には大きな松の木もあったそうです。

 

明治6年(1873年)、征韓論に敗れ鹿児島に戻った隆盛は
西南戦争が起こるまでの4年間をここで過ごしています。

 

ここでの暮らしは、晴耕雨読の生活だったそうです。

 

晴れた日は、西別府の野屋敷で農耕に励んだり
県内各地で狩猟を楽しんだりと、悠々自適の暮らしを送っていました。

 

屋敷は西南戦争で焼けてしまいましたが
「南洲翁使用の井戸」が現存しています。

隆盛は、朝夕の洗面、行水などはもちろん
庭先の盆栽、花園への散水や、屋敷一面の畑への給水もすべて
この井戸を使っていたそうです。

 

 西郷武屋敷跡について

 

明治13年(1880年)に、隆盛弟・従道が再建したのですが
昭和20年(1945年)に空襲で再度焼失してしまいました。

 

現在は鹿児島市が公園として管理、平成3年(1991年)には
隆盛と庄内藩家老菅実秀の対話像が建てられました。

これは、西郷屋敷において両氏が親睦を深め
「徳の交わり」を誓い合ったことを記念して製作したものです。

西郷隆盛のゆかりの地「野屋敷跡」

西別府の鹿児島実業高校の向側の山手に入ったところに
「西郷南洲野屋敷の跡」の碑が建っています。

観光スポットである武屋敷ほど訪れる観光客は少なく
地元でも知らない人が多いようです。

 

元々、青年時代に困窮した家計を助けるため隆盛は
ここに里芋やサツマイモなどを植えていました。


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鹿児島へ帰郷後は、武屋敷に住んでいた隆盛ですが
時々ここに来て、農作業やワラジ、下駄作りなどをしていたそうです。

 

屋敷と言っても、農家小屋といった感じで
農業に特化させた生活の場でした。

 

面会人を避けるため、野屋敷を利用することも多かったようです。

 

隆盛にとって野屋敷は、畑仕事や狩猟など
好きな事をして心を落ち着けることが出来る
隠れ家的存在だったのかもしれません。

 

また、西南戦争で、武屋敷に住めなくなったため
妻の糸(いと)と、家族11人が生活していた場所でもあります。

 

屋敷跡にある山桃や大名竹は
隆盛が植えたものと言われています。

現在は、跡地の碑の他
説明看板があり、休憩所が設けられています。

 

文化工芸村の駐車場から散策路が整備されており
展望台もあります。

 

妻の糸は、ここで隆盛の最後を聞くことになります。

 

ドラマのラストは
この野屋敷が舞台になるかもしれませんね。

 

 西郷南洲野屋敷の跡について

 

妻の糸を演じる黒木華さんは
どんな演技を見せてくれるのでしょうか?

 

ドラマの放送が楽しみになりますね。

最後まで読んで下さり誠にありがとうございます。

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