武田義信が幽閉された【東光寺】切腹は武田信玄の命令だったのか!?


 
戦国最強と言われた武田家に起きた数多くの事件の中でも
特に有名な事件が、信玄の嫡男義信が起こした
信玄暗殺未遂事件です。

その事件で、自分の息子に殺されそうになった信玄は
義信をある寺に死ぬまで幽閉します。

その寺こそが、この東光寺なのです。
 

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武田方の寺として織田軍に焼き討ちされる

東光寺は1121年に源氏の一党である源義光が作った由緒ある寺で
甲府五山の一つとしても知られています。

(東光寺は源義光が作ったのではなく
もともとあった寺を再建しただけだという説もあります)

 

東光寺は、戦国大名である武田氏と縁がある寺として有名です。

戦国時代、荒廃していた東光寺を武田信玄がテコ入れして再興し
さらにその寺に甲府五山という地位を与えたので
両者の結びつきは密接なものとなりました。

 

その結果、東光寺は武田信玄の嫡男である義信を
(謀反の疑いで)幽閉する場所として使われるなど
武田家の寺となったのですが、それが原因で
織田軍が甲府に侵攻してきた際、敵側の寺と見なされて
焼き討ちにあってしまいました。

(ちなみにこの寺で義信が死んだ理由には諸説あり、信玄が命令して腹を切らせたとも
幽閉されているうちに病気で死んだとも言われています)

 

その後東光寺は、将軍家側用人を務めた柳沢家の庇護を受け再び栄えますが
明治維新時の混乱や太平洋戦争で大打撃を受け
(この時に本堂を失いました)現代に至っています。

 

そんな歴史を持つ東光寺には、主に三つの見どころがあります。

 

それは本尊が安置されている仏殿、美しい庭園
そして武田信玄の嫡男であった武田義信の墓です。


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武田信玄の嫡男だった武田義信

その3つの中でも、東光寺の目玉ともいえるものが
室町時代に作られた仏殿です。

 

質素だけど迫力のある仏殿自体も、見るべき価値がありますが
仏殿の中には、寺でもっとも大切な像である本尊が祀られているので
むしろそちらを優先して見るべきと言えます。

 

本尊である薬師如来像は、作られた年代こそ不明ですが風格のある作りになっており
さすが歴史ある寺の本尊だと思わせてくれます。

 

その近くには薬師如来の従者であるといわれる
薬師十二神将像がありますので、これもセットで見ておくといいでしょう。

 

この仏殿と仏像を見たら、次に見るべきものは
武田信玄の嫡男であった息子義信の墓です。

わりと素朴な作りになっているので、墓を見ただけではわからないかもしれませんが
墓の近くに「武田義信之墓」と書かれているのですぐに分かります。

 

もし彼が信玄暗殺を試みなければ、信玄の後継者になっていたかもしれない
そうなったら、その後の歴史はどうなっていただろうか…

 

そういうことを考えると、この墓が
ここにひっそりと建てられていることに歴史の無常を感じます。

 

武田家が好きな方なら、ここで墓参りをして
義信の冥福を祈ることをおすすめします。

 

その二つを見たら、後は蘭渓道隆の作った庭園をみて
ゆっくり帰るといいでしょう。

最後まで読んで下さり誠にありがとうございます。

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